ある日、「くろやぎさん」のもとへ、一通の手紙が届いた。
ある日といっても、それは「くろやぎさん」にとって、物心のついた頃から欠けることなく続いた際限のない同じ日々のなかの一日にすぎない。「くろやぎさん」は、毎日毎日、手紙を受け取っていたのだから。
「くろやぎさん」は、はじめからそれが誰からの手紙か分かっていた。それは「しろやぎさん」からのもので、自分はその文面を決して読むこともなく、食べてしまうことになっている。そしてまた、あの繰り返し過ぎてもはや儀式のようになってしまったお返事を、もう一度書くのだ。
もう、たくさんだ。手紙を食べるのなんて、あまりいい趣味じゃないし、俺は、紙を喰って、うまいと感じたことなんてないぞ。本当は、吉野家の牛丼が食べたいんだ。
「くろやぎさん」は、疲れきって憂鬱な面持ちで手紙の封を開いた。初めて、封筒から便箋を取り出し、充血した目をくっつけて、「しろやぎさん」からの手紙を読んだ。
手紙には、何も書かれていなかった。
それはただの真っ白な紙だった。
「くろやぎさん」は、全身を硬くして怒った。汗が流れた。真っ白な手紙を丸めて捨ててしまおうと両手に握って、気が付いた。
紙の裏には、「くろやぎさん」の大好きな、イチゴジャムが塗ってあった。
イチゴ味の朝食を済ませて、「くろやぎさん」はいつもの日課どおり、「しろやぎさん」にお返事を書いた。
「くろやぎさん」は、便箋に言葉を記すことをやめた。言葉の代わりに、「しろやぎさん」の好物のピーナツバターをたくさん塗った手紙を持って、「くろやぎさん」は晴れ晴れとした表情で、ポストに歩いて行った。
西新宿にて |
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