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2014年8月5日火曜日

田んぼの中で

とある猛暑の週末に、友人がレンタカーを借りてくれたので、車でしか行けないところにある水族館に行った。生まれ育った街から近い場所だったが、今まで行ったことはなかった。
お昼を食べるのによい場所は?と訊かれたけど、大規模なショッピングセンターくらいしか思いつかずに、面白くもないので困ってしまった。

やる気のない兄弟(推定)がいい加減なフランチャイズで経営しているような、不思議なおんぼろの安いレンタカーで旅に出た。店舗には駐車場もなく、車は何故か近所のコインパーキングに置いてあって、前身は洋服屋さんなのか何なのか、意味のないショーウィンドウには兄弟の私物らしいサーフボードが飾られていた。

土地に明るくない友人はネットを駆使して、田舎には珍しい気の利いたレストランを探してくれた。カーナビで無理やり辿り着いた店には冷房がない。運ばれてきた煙の上がる七輪で肉を焼くランチを食べた。これに耐えられたら、今年の夏は乗り切れるかも……備え付けのうちわで堪らずに顔面を扇ぐ。朦朧として、だけど新鮮な羊肉はとてもおいしかった。天井の高い一軒家の店舗の周りを、種類の分からない蔓植物がもくもくと十重二十重に包んでいて、人気のない商店街と、聞いたことのないない名前のディスカウントスーパーが隣接していた。年寄りがゆっくりとカートを押してそぞろ歩くそのスーパーで、かなり霜の覆った安いアイスキャンデーを買って、駐車している間に温度の上がってしまった車の中で食べた。

湖の畔にあった水族館は小規模ながらとても素敵で、薄暗い水槽の冷たい水の中で元気のいい魚がのんびり泳いでいた。びっしり書かれたマニアックな解説文。ショートボブを明るい紫色に染めた女の子が無愛想に、日付の印字されていないチケットをちぎってくれた。
「トイレはどこですか?」「この水族館にはないので、駐車場の方へ行ってください」
湖に出てみると対岸は見えないほど遠くにあって、日陰に逃げても熱風が吹き付けてくる。濁った水に動きはない。水族館で見た迷惑な外来魚が沈んでいるのかも、ねっとりとした水面にかすかに立つ波を見ているだけではわからない。5分もいれば、汗が玉のように皮膚を覆うような、そういう午後。

道を間違えて迷い込むとヒマワリ畑があって、大振りの白い花が空中に浮かぶように咲いている蓮田が連なる。
国道から見える大規模なサギのコロニー。田んぼに舞い降りた陽気なダイサギの群れ。

そして、イオンだかダイエーだか、城砦のような大きな建物が田んぼの間に現れて、それはまるで蜃気楼みたいで。とにかく知らない景色であることは確かだ。

いろいろ考えようとしても、冷房も効かない熱暑にやられて、半端な印象はすぐに蒸発してしまう。

帰路を確かめようと巨大なドラッグストアに車を止めたら、向かい側には市民公園の森があって、ヒグラシが鳴いていた。トイレの脇の喫煙所で煙草を吸う。もう一度アイスキャンデーを買った。数十キロ離れた先程のスーパーよりも20円は高かった。

やがてのろのろと都内に入ると、街道沿いにはパチンコ屋さんのイルミネーションが輝く。郊外型のファストフードが物珍しくって感心しながら、ラジオの退屈な歌謡曲を聞き流している。他の局に変えても興味のない野球中継だから、知らないアイドルのたどたどしいインタビューを聞いたりして。このたびの新曲だとか、やたらとテンションの高い受け答えとか、知らないお店の変なジングルとか。激安レンタカーは延長したら急に高額になるから、もう一度トイレに行きたくても慌てて渋滞を抜けるため走る。

助手席から見える景色の断片。
地続きでつながっていても、遠い場所の断片だけ、出来の悪い構成のスライドみたいに。

帰宅して、サギのコロニーについてネットで調べた。
お役所のPDFの数字をあれこれ見ながら、ところであの唐突なヒマワリ畑はなんの幻だったのだろうかと、ただ記憶のなかにだけ記された景色を頼りなく反芻する。

もっと素敵な場所になれはしなかったのか。水の街の現在が通過してきたそれまでの日本の歴史のコンテクストを思うと、すべてを他人事にしてしまった近隣住民の自分がいけないのだけれど、やはり少し悔しい。外来魚とショッピングモールよりも、他に違った未来があったかもしれないのにね。

それでも、考えようとするそばから熱風が消し去る事どもなれば、とくにとどめ置くほどの考えもなく。とにかくとても暑い日のことです。





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