高校の3年間だけ過ごした海辺の田舎町があって、巨大な工場地帯の周りに、虫食いみたいに旧来の商店街や新興住宅地と屋敷森なんかが、無秩序に混在している景色の中で暮らしていた。都会から流れて来た人が始めたらしい瀟洒なカフェがあったかと思えば、その裏手では突然に作りかけの道路が中途半端に放置されて、ひびの入ったアスファルトからセイタカアワダチソウがにょきにょきと生えていたりする。ポーカーゲーム機とやらを置いている薄暗い喫茶店がいくつもあって、あそこはヤクザが経営してるんだよ……なんて噂を聞いた。工場用地に土地を売った人たちの資産目当てに大量のヤクザが流入し、博打で俄か成金の有り金を全部まきあげていった……なんて噂も聞いた。
やけに荒涼としていて、どこかしらが壊れているような町だった。
昔の教科書には、大工場地帯は日本の経済成長の顔として、誇らしく描かれていたものだが、今はどうなんだろう。産業が振興するのは善である、生産性が高いことは善である、などなど。去年行った福井は、さびしい町だった。工場や発電所を誘致して町が潤うことは、とにかく善であるという考えは、今でも本当に有効なのかどうか。
それでも私は、奇妙にバランスを欠いた海辺の田舎町で、たまたま暮らす余所者として3年間を過ごした。親元を離れた寮生活だから、土地の暮らしのしがらみも何もなく。だから工場誘致による地域コミュニティの破壊とかそういう話は、女子寮で安いウォッカを飲んで酔っ払っていた自分にはわからない。
こんな暑い夏の日には、どこで唐突に終わるのかわからない舗装された広い道を、コンビナートの見える海岸線まで自転車で突っ走っていった十代の景色を、ちょっと思い出したりするだけ。とにかく暑いから、本屋の冷房でしばらく涼んで、炭酸にむせながらコーラなんて飲んでたそういう夏。きらきら光るひび割れた道路の上で、放置されて雑草の茂る畑地の横で、チャチな片思いとかしてた十代の夏の景色。
これは近所の廃ガソリンスタンドに咲いた花。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿