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2017年7月7日金曜日

水彩絵の具

絵が下手くそで、十代の頃はいつも描きながら泣いていた。頭の中に絵はあるのに、未熟な手でそれを描くことができない。

思い切って色数を絞ったり、わざと変な点描をしたり、鮮やかなポスターカラーや透明水彩やアクリル絵の具を使ってみても、全くうまくいかず、本当に絵の上に突っ伏して泣いてばかり。

だって、たかが生まれて十年余で、自分には「才能がない」なんてことを納得するのは、とても耐えがたいことでしょう? ようやく諦めることができたのは、大学生になって本気で修行してきた友人に出会ってから。「あんたの線は間違ってる」って私のデッサンに消しゴムをかける友人の正しさに、あっけらかんと笑えたとき。もう、自分は絵描きにはなれないんだからいいんだ、と、やっと安心できたような。

絵描きになろうとしてなれなかった父が先日死んだ。

瀕死の父の枕元で、とくにやることもないので、その友人(私があちら側にいることを教えてくれて、父がそちら側にいようとしたことに敬意を持ってくれた人)が父に贈ってくれたスケッチブックと色鉛筆を使って、無駄にいい加減な写実ふうの絵を描いていた。あじさいの、青とピンクのゆらゆらしたグラデーション。ほら、お父さん、6月だしさ、あじさい描いてみた。どうかな? ちょっと輪郭線が強すぎるかな、この線は変かなあ。ここ、影になるはずなのに、おかしいよね、私の明暗は。眼がダメなんだよね。うーん。

返事はない。小学校で描く絵にも容赦ない批評を加えていた父は、老い病んでもう意識もなく、もう私の絵を叱ることもなかった。

ぶひぶひと鼻水すすって、ただ下手くそな絵を描く。

他の家族も知らないところの、私と父の最後の時間。穏やかで、平凡な、入口も出口もないような。

いつになったら絵がうまくなるんだろ? ひょっとして、まだそんなこと思って生きていくのかな?

ずーっと下手くそでもいいけど。こんな機会でもあると、ただ絵を描いているだけで楽しかった昔のこと、少しでも覚えていられるだろうから、きっと。

羽化時の逆光でうまく写真撮れなかった

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