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2012年2月21日火曜日

ブーメラン


だらだらと仕事が終わらず、昼休みを取れたときには午後四時を回っていた。デスクで黙ってPCに向かう人たちの間で昼ごはんを食べるのは嫌だから、コンビニで缶コーヒーとおにぎりを買って、近くの公園に行った。コートを着込めば、かろうじて青空の下では、二月の気温だって、やり過ごせる。

何も感じたくなかった。味わうことをしたくないから、コンビニのおにぎりなんか食べるんだ。どうでもいい缶コーヒーを流し込んで、ただ、煙草を吸う。塗装の剥げたベンチには、私ひとりしかいない。フィルターの際まで灰になれば、足元の地面で火を消して次の煙草。あとで吸殻を拾って捨てればいいでしょう、と、自分に向かって言い訳して、黙々と煙草を灰に変えていく。

「この仕事好きじゃないって、あなたを見てるとわかるの。そういう人に、仕事してほしくないの」。
ああ、そうですか。
そんな場面を思い出しても、その言葉自体がまるで他人事のように、知らない外国の映画で、台詞の意味もわからずに眺めているかのような、そんなような。

それから昨夜のこと。
黙って電話を切ったけど、なんて言えばよかったんだろう。
ええ、確かに私はあの男と寝ましたよ。
でも、それがなにか。
いつも遠くを見てるような、傍にいてもその場にはいないあの人の背中に、泣きじゃくる赤ん坊のようにしがみついたとて、それがなにか。

ベンチの向かい側に、大きな木がある。
なんの木かはわからない。
すっかり葉を落として、ただの裸木になり、ごつごつした幹を空に突き上げている。

そうだ、そういえば昨日も、今日みたいにここに座っていたとき、小さな子どもたちがあの木の根元にいた。砂遊びのシャベルで苦労して穴を掘って、そこになにかを埋めていたんだ。くすくす顔を見合わせて笑って、「秘密だよ」と言っていたっけ。
おそらくは、子どもたちの宝物をそこに埋めたのだろう。ビー玉なのか、きれいなすべすべの石ころだろうか。

ならばそれを掘り起こして、持ち去ってしまったらどうだろう。きらきら光る透明なビー玉ならば、車道のアスファルトに叩きつけて、粉々にして砕いてしまいたい。
秘密は、秘密のままではいられないこと。
宝物はいつか奪われること。
小さな胸を痛めて泣けばいい。
泣いてしまえばいいんだ。

五本目の煙草をもみ消して、木の根元へと私は歩いた。しゃがみ込み、宝物の埋められた場所を素手で掘り返す。長い爪と指の間に、乾いた土がぎっしりと詰め込まれていく。

掻き分けて、引っ掻くようにして、なにも。
なにも宝物は出てこない。
きっと子どもたちはとっくに、掘り起こして大切に持ち帰ったのか。

しゃがんだ両足の間に、土まみれの両手を所在無くぶらさげて、ふと、そのまま顔を上げた。
高い木の幹を見上げると、遠い梢の合間に引っかかっているのは、赤いブーメラン。
おもちゃのプラスチックのブーメランがひとつ。

なげかけたひとのてにもどるはずのもの。
もどらずとどまる、ただ、てのとどかないばしょに。
あきらめてみあげるだけの、そらにちかいばしょに。

爪に挟まった土を落として、ベンチの下の吸殻を集めた。ティッシュに包んで、コートのポケットに入れる。
そろそろ、仕事に戻ろう。
仕事の続きをこなしたら、今日は終電までに帰れるかな。
北風に背中を丸くして、高い木に背を向けて、歩き始める。


(オンデマンドラブポエム受注、なんとなく三回目です。Iさんゴメンナサイ。せっかくの叙情的なお写真から頂戴したお題に、こんなお目汚しを。虚構の物語の酸いも甘いも味わい尽くされておいでとお見受けするIさんなら、まあ、しょうがねえなあ……、とお許しいただけるかな、なんてね。ちょっと今夜は、こんな感じに女子をこじらせていまいました(笑)。力及ばず、申し訳ないっす。。あ、彼が撮影した、木の枝に引っかかった赤いブーメランの写真、こんな腐った言葉を誘発するようなものではなく、とても素敵な現実なんですってば。)

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