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2012年7月12日木曜日

嘘をつきました


ご卒業、おめでとう。
この教室でみなさんの顔を一人ひとり眺めるのも、こうしてみなさんの前でお話することも、今日が最後ですから、言わなければいけないことがあります。
先生は、みなさんに、嘘をつきました。

君たちの前途は明るい。希望に満ちた未来が待っている。
この学び舎で過ごした日々を糧にして、ここで築いた絆をいつまでも大切にして、立派な大人になってほしい。
そう言いましたが、嘘をつきました。

日々はいつも、涼しい木陰を与える大樹に守られた、緑の野原ではない。
青空を遮る墨色の雲は、きっと明日にも頭上を覆うだろう。
曇りない光を宿す君の目であれ、いつか、その日その日の雑事に追われ、ただ泥のような眠りだけをやるせなく求める夜が来る。
こんなはずではなかった、こんなはずではなかった、と。

ただ、私は思います。
おそらく、君の一途で生真面目な歩みが、そのような障壁に躓くときにも、「ああ、生きていくこととは、所詮そんなものだ」とか、「大人になるというのは、こういう現実と折り合うものなのだ」などと、したり顔で諦めたりしてほしくはない、と。
たかが、大人がだれでも当たり前に背負う重荷など、君の青臭い理想を、ひとかけらも損なうものではない。君の若い身体を貫く白くてまっすぐな骨を、灰色に捻じ曲げるほどの重みはないのだ。

だから、先生は、嘘をつきました。
老いて腰をかがめた私は、君たちのしゃんと伸ばした背骨を、斜に構えて拗ねた横顔を、天を仰ぐ口元から覗く八重歯を、誇らしく見上げています。

君たちが、先生のついた嘘を憎むことを、嘘をついた先生の卑小さを唾棄しながら、高らかに笑うことを、本当に心から、願っています。
ご卒業、おめでとう。
希望に満ちた未来に向けて、歩いて行きましょう。

(……そもそも、一人称が「先生」である人など、信用してはいけませんが。)

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