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2011年11月14日月曜日

“You’ll never walk alone"

いまとなっては、もうずいぶん日数を数えたあとのことなので、おそらくそのときのリアルな気持ちは再現できない。だから、これもまた、作文の虚構に回収されてしまった話になるんだけど。

自転車に乗ってわんわん泣いていた私が、その日に至るまでには、取り乱したままいろんな人の助けを得て、困惑の気持ちを別のかたちに再構成する試行錯誤があった。例えば長年、世界中の政府とケンカしながら環境保護運動をしてきた旧友に「本当のことを教えて」って頼んだことや、外国に住んでいる人が親しい友だちに送ってきた背筋の凍るようなメールとか、そういう情報を整理して、小さな子どもを持つ友だちにしみじみと電話で喋ったこととか。

いろいろなことを「仕方ない」で済ませて、お行儀よくインチキくさい大人の体面を保ってきた自分が、必然的に追い込まれてしまった最悪の事態。のうのうと生き延びてきた自分の加害性を棚に上げて、「怒り」を誰かに向けることは、許されることなんだろうか。
でも、自分は初めて、それを肯定することにした。
いや、たぶんそんなに筋の通った理屈ですらない。破裂しそうな心を、何かしら表に出さないと、おかしくなってしまいそうだっただけかも。

怒りを表現することが当然であると、すんなり合理的に考えられる友だちは男の子。どっちが焚きつけた訳でもないけど、その子と一緒に、高円寺のデモに行くことに決めた。モナリザもびっくりする安い画材屋で色画用紙を買ってきて、ストックしてあった園芸用の竹竿を使って、言いたいことを書いたゲートフラッグを作った。あ、ゲートフラッグ=ゲーフラってご存知でしょうか? サッカーの応援に使うバナーの体裁なんですよ。「もうアルジャジーラに取材してもらうしかないね」って、酔っ払いながら、英語で書きました。国内のメディアには、何となく期待できないから。

デモの集合時間まで、アーケード街の安いコーヒー屋で時間をつぶした。本当に人が来るんだろうか、調子に乗っている馬鹿野郎は、自分たちだけじゃないんだろうか。とても不安な気持ちでした。
「そろそろ、時間だよ」。酔った勢いで作ったゲーフラを肩身狭く丸めて、集合地の公園に、行った。

公園に向かう路地を、たくさんの人が歩いている。たくさんの人が、公園に集まっている。怒っている人がこんなにもいて、ここに集まったということ。
不細工なゲーフラを恐る恐る広げて、掲げた。
えーと、アルジャジーラは、来てないみたいだなあ。
涙が出るような素敵な音楽に、ちょっと年配の人たちが、歌を合わせていた。
それがヴィクトル・ハラの曲だったことを知るのは、ずっとあとのことです。

要領がよくわからないまま、たまたまランキンさんの車の後について、ゲラゲラ笑いながら街に出た。公安め、写真なんか撮りやがって、と、最初から友だちは飛ばしてる。
青梅街道の車道を堂々と歩くのは、気持ちいい。
警官がたくさんいる意味はよくわからかったし、誘導に真面目に従っていたら友だちとはぐれてしまったけど、間延びした隊列を適当に彷徨いながら、酔っ払ったお兄さんに声掛けられたり、沿道のおばあさんに拍手をいただいたり、バスに向かってゲーフラを見せびらかしたりしながら、よく見知ったはずの街が別の景色に変わっていく道のりを、ひたすらに歩いた。

すっかり日も暮れたころ、北口の広場にたどり着くと、警察の人がマンガみたいな口調で、「速やかに解散しなさーい」とか演説してた。
大将に行って、友だちとビールを飲みました。
「うーん、よかったけど、“ユルネバ”がないのが残念だね。そういうのがあるといいね」と、話した。
マカロニサラダをもぐもぐ。

「あら、あなたがデモデビューとはね、よかったわ。おめでとう」
と、旧友からのメール。

おそらくは世界を変えるよりも、何かの緊張から解放されて、自分を保つための一歩。
そんなふうな、始まりの日のこと。

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